助け合い運動 しじんの村

放送禁止5 しじんの村

癒しの施設でひどい目に遭う話

制作年 2006年
制作国 日本
監督 長江俊和
脚本 長江俊和
上映時間 46分

あらすじ(ネタバレ)

2004年10月 長野県某所にある村
ここは「しじんの村」という共同施設で、いじめやリストラ等で社会に適応できなくなった老若男女が集まっていました。
村長で創立者の「しじん」こと久根仁さんは三年前に私財を投げ打って村を作りました。
ここは政治や宗教とは無関係で社会から疎外された人々の復帰を助ける場所だそうです。
彼がインタビューを受けている背後の壁に詩が貼ってあります。
その中には「ね ね ね ね」というものがあります。

元中学校教師だった久根さんは2001年9月12日に生徒のT君を自殺で亡くし、それがきっかけでここを設立したそうです。
生徒の両親らしき人が先ほど村にいました。
久根さんはTくんのような人を手助けしてあげたいと考えているそうです。

ここでは皆がハンドル名で呼び合っており、中年男性のシュウさんは会社のリストラの果てにここに来たそうです。
若い男性うっちーくんは虐めで傷ついた後にここに来たそうで、中年女性のフクさんは三年前に大切な人を失ったことがきっかけだそうです。
シュウさんとフクさんがT君の写真に写っていた人物です。
村を出て行く人や自殺する人も多いようで、この日も女性がロープを架けて自殺未遂をしており、久根さん達に救出されます。
久根さんはなぜかハンディカメラを持参していたようです。
その後、久根さんは自殺未遂をした20代前半の女性ハニコさんを訪ねるのですが、彼女は「死にたい」を繰り返すばかりです。

平成17年度では自殺者の合計は32522人だそうでその内、60代が10894人、50代が7586人、40代が5208人と年齢を重ねるほど増加傾向にあるようです。
自殺の原因は健康や経済的な問題が多いようで、無職の人が圧倒的に多いようです。
平成29年では21321人でやはり40代~60代が多いようですね。高齢化の影響もあるような気がします。
職業は無職、原因は健康問題が圧倒的でした。

専門家はうつ傾向にある人が衝動的に自殺してしまうパターンが多いと分析しています。

数日後
村では皆が朝食を採っており、久根さんは「葡萄には葡萄の、林檎には林檎の詩があります。今日はそれぞれがどんな詩を持っているのか想像しながら食べてみませんか」と挨拶していました。
しかしその席にハニコさんの姿は無く、彼女は自室で引き籠っていました。
ハニコさんを監視するようにフクさんとシュウさんが立っている姿が窓ガラスに映っています。

1週間後
ハニコさんが心境を語ってくれたのですが、彼女がここに来たのは1年前にここで自殺した姉の後追い自殺をするためでした。
彼女は父親と姉の三人家族だったそうなのですが、姉はいつも父のDVから彼女を守ってくれたそうです。
数年前に父は死亡し、家族二人になったのですが、姉はその頃から自殺未遂を繰り返すようになりました。
そしてここに来て2003年7月11日に自殺したということです。
ハニコさんは姉の力になれなかったことを悔やんでいるそうです。

久根さんは「彼女の姉には何もしてやれなかったので、彼女は何としても救いたい」と語っていました。
その後、彼は「人が最も美しい時 それは生と死の間」と習字をしたためていました。
彼は「自殺は自分の生涯のテーマである」、「自殺は哺乳類の宿命である」と語ります。
ここには村人の同意を得て、監視カメラが複数設置してあり、ハニコさんの自殺もこれで発見して未然に防いだそうです。
しかし久根さんは「心の問題を何とかしないと抑止にはならない」と語りました。
机の上にはハンディカメラと複数のビデオテープが置いてありました。
監視カメラのアングルはハニコさん姉の自殺した場所が映っています。
またテープの中にはハニコ姉が自殺した日のものとなぜかT君が自殺した2001年9月12日のものがあります。

その後もハニコさんに変化は無かったですが、フクさんは「私達が見守っているので大丈夫です」と力強く語っていました。
ハニコさんは姉の相談相手だったという元国大生の若い男性・Sカルマさんに心を開くようになります。
ハニコ姉がSカルマさんに宛てた手紙には皆への謝罪と共に「しじんの助けには本当に感謝しています。この村に来て、本当に良かった。私は1人じゃなかったのですから。」としたためてありました。
Sカルマさんとハニコさんはお互いに惹かれ合うようになったようで、彼女は外に出て農作業の手伝い等をするようになります。
ハニコさんが牛に餌をやるシーンでまたフクさんとシュウさんが離れた所から見ていました。

専門家の話によると自殺未遂をした人はきちんとフォローしないとかなりの確率で繰り返すそうです。

その後、Sカルマさんが行方不明になり、裏手の湖で遺体が発見されました。
2004年11月12日、遺書があったため彼は自殺と断定されました。
それを聞いたシュウさんは慟哭し、食堂の壁にあるしじんの詩を破って周りました。
ハニコさんはショックを受け、また閉じ籠ってしまいました。
久根さんは「死を決意した人間は自分にはわかる、彼女は今危険な状態」と語っています。

ハニコさんはまた自殺未遂してしまい、フクさん、シュウさん、久根さんに救出されます。
久根さんは「生きよう ね、生きよう ね」と彼女に呼びかけるのでした。
久根さんはハンディカメラ持参でした。
なぜかフクさんとシュウさんが久根さんのことを睨んでいます。

翌日ハニコさんは「自分を見つめなおして生きます。」と手紙を残して村を後にしました。
久根さんは「彼女はもう大丈夫だ」、「私はこれからも自殺志願者の手助けをしていきたい」と語っていました。
ここで取材は終わっていました。

2006年9月
ハニコさんは明るくなり、都内でフリーターをして生活しているそうです。
その後、スタッフはしじんの村を訪れますが、既に人の気配はありませんでした。
看板が傾いて「しにんの村」と読めます。
久根さんは2004年12月に湖で水死し、自殺と断定されたそうで、ここは閉鎖されたということです。
残されたテープにはハニコ姉の自殺を幇助して撮影している久根の姿が映っていました。
ハニコ姉の遺書のしじんに関する下りが大写しになります。
Sカルマさんが久根らしき人物に湖に突き落とされる様子や、
ハニコさんの自殺を撮影しようとしている久根とそれを止めに来るフクさんとシュウさんが映っています。
Tくんの写真がアップになり、両親の顔が映ります。
最後に久根を湖に突き落とすフクさんシュウさんが映っていました。

感想と考察

これは普通です。
良く考えてみるとそんなに面白くないです。
かなり強引な話で無理があり過ぎると思いました。

久根はどうやら人が自殺するシーンを撮影するのが好きなようです。
これは「自殺志願者の手助け」「自殺は自分の生涯のテーマ」等の発言に現れています。
教師時代にTくんの自殺を後押ししてその様子をビデオ撮影していたようです。
ハニコさん姉も久根の後押しによって自殺し、遺書にあったのは久根の死への刷り込みだと思います。
フクさんとシュウさんはTくんの両親で復讐もしくは久根の尻尾を捕まえようとしていたようです。
久根がしじんの村を作ったのも自殺者の撮影をしたいからで、彼はハニコさんが自殺未遂をした際にはいつもカメラを持っていました。
フクさん達はハニコさんを守ろうといつも見張っていたようです。
その後、Sカルマさんが現れてハニコさんが回復し始めたので久根は彼を殺害しています。
そして最後には久根自身がフクさんとシュウさんに殺害されたということのようです。

今回は言葉遊びみたいなのが一杯ありました。
「ねねねね」で「死ね」とか「それぞれの詩」等です。
私は言葉遊び系はあまり好きじゃないです。

イマイチ暇つぶしにならないような気がしました。

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